長野県環境部と長野県企業局に、公開書簡「長野県の小水力発電のあり方に関する質問と提案」を提出
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更新日:2 日前

長野県環境部および長野県企業局に対し、公開書簡を提出しました。この書簡は、県内で推進されている小水力発電施設の開発について、脱炭素と生物多様性の保全・回復をどのように両立させていくのか、公開の場で議論することを求めるものです。
再生可能エネルギーを増やすことは、気候変動対策として重要です。一方で、小水力発電は、場所やつくり方によっては、川の流量を減らしたり、魚や土砂の移動を妨げたりする可能性があります。
とくに源流域はイワナなどのすみかであり、産卵や成長に欠かせない場所です。川は、ただ水が流れていればよいのではなく、上下流のつながりが保たれてこそ、生物が生き続けられる環境になります。
私たちはこれまで、県内の河川で現地調査や関係者への聞き取りを行ってきました。たとえば朝日村の鎖川では、砂防ダムを利用した小水力発電計画について、土砂の多い流域での取水や減水区間の影響が懸念されています。松本市の大白川では、取水予定区間でイワナの生息や産卵環境が確認されており、取水によって水位が下がれば、産卵床への影響が生じる可能性があります。
私たちは、小水力発電そのものに反対しているわけではありません。「再生可能エネルギーだから良い」と一括りにするのではなく、その場所の川に何が残り、何が失われるのかを丁寧に見極める必要があると考えています。脱炭素も、生物多様性の保全・回復も、どちらも次の世代のために必要な取り組みです。だからこそ、一方を進めることで、もう一方を損なうことがないようにしたいのです。
長野県環境部と長野県企業局には、2026年5月30日までの文書回答をお願いしています。回答があり次第、公表する予定です。
長野県の小水力発電のあり方に関する
質問と提案(公開書簡)
2026年5月8日
長野県環境部部長 小林真人 様
長野県企業局公営企業管理者 吉沢正 様
私たちは、河川環境の保全に係る市民団体として、これまで長野県内各地の河川において現地調査や関係者への聞き取りを行い、小水力発電と河川環境の関係について記録を続けてきました。現在、長野県内で推進されている小水力発電のあり方について、公開の場で議論を行うことを目的に、本書簡をお送りいたします。
気候変動対策は、温室効果ガス削減という「カーボンニュートラル」の視点と、生態系の回復・保全という「ネイチャーポジティブ」の視点のいずれか一方ではなく、両者を同時に進める必要があります。しかし現状では、これら二つの課題が分断して語られているように見受けられます。特に長野県における小水力発電の推進に関しては、脱炭素やエネルギー自立地域の意義が強調される一方で、生態系と流域環境への影響について十分に論じられていないように感じています。
加えて、砂防ダムを活用した発電事業が計画されるなど、土砂の自然な移動や水生生物の遡上・降下をどのように回復させるのかという視点が共有されていないように思われます。近年、砂防ダムについてはスリット化等により土砂移動の連続性を回復させることが望ましいとされる流れもありますが、取水を前提とした小水力発電設備との構造的両立は容易ではないはずです。仮に発電を優先する設計が採られる場合、土砂や水生生物の移動は制約を受ける可能性があります。つまり、小水力発電の推進が、結果として自然流況の回復を困難にする方向に作用していないかという点について、説明が必要ではないでしょうか。また、もともと土砂災害の危険性が高い急峻な河川において、新たな取水・堰上げ操作が加わることが豪雨時の流況や土砂挙動にどのような影響を及ぼすのか、流域全体の安全性の観点からも統合的な評価が求められると考えます。
さらに、長野県は、生物多様性政策として「生物多様性ながの県戦略」を掲げており、県のホームページでは「人と自然が共生する信州の実現に向けて取り組む」としています。また、令和5年度からは、第五次長野県環境基本計画(令和5年3月策定)における「生物多様性・自然環境の保全と利用」を「第二次生物多様性ながの県戦略」として位置付けるとしています。第五次長野県環境基本計画では、「脱炭素社会の構築」「生物多様性・自然環境の保全と利用」「水環境の保全」などを大きな方向性として掲げています。しかし、再生可能エネルギーの導入と生物多様性保全の関係について、具体的にどのように調整するのかという制度的枠組みは明確には示されていません。
また、令和5年6月の長野県議会定例会では、議員提出議案として「生物多様性の保全・ネイチャーポジティブの取組の強化を求める意見書(案)」が提出されており、県議会としてネイチャーポジティブの推進に取り組むべきとの認識が示されています。令和7年2月の長野県議会定例会では、環境政策に関する質疑の中で、知事は「ネイチャーポジティブが気候変動対策と並ぶ重要課題となっており、県としても積極的に取り組まなければいけない」との答弁をしています。
このように、県の環境政策においては、ネイチャーポジティブの実現も重要な政策目標として位置付けられていると理解しています。したがって、カーボンニュートラルの達成を理由として、結果的にネイチャーポジティブの実現を後退させるような政策運用が行われることがあってはならないと考えます。
私たちは、小水力発電そのものを一律に否定する立場ではありません。しかし、脱炭素の推進と生物多様性の保全・回復が統合された政策設計となっているのか、その検証と議論が社会的に十分になされているのかについて、疑問を抱いています。本書簡は、その点を明らかにするための公開質問であり、より良い政策形成に向けた建設的な議論を求めるものです。また、こうした長野県の環境政策の理念と、小水力発電の推進のあり方がどのように整合しているのかということも明らかにすることを目的とするものです。
〈事例〉
上記の問題意識を踏まえ、長野県内の複数の河川において、砂防ダムを利用した小水力発電の実態と河川環境への影響について現地調査や関係者への聞き取りを行ってきました。下記事例は、砂防ダムを利用した小水力発電が、脱炭素政策の文脈の中で推進される一方で、河川の連続性回復や土砂移動の正常化といった流域環境の改善政策と構造的に両立しにくい場合があることを示しています。そのため、個別事業の是非だけでなく、流域全体の視点から、脱炭素政策と河川環境政策をどのように統合するのかについて、より明確な政策判断と説明が必要であると考えています。
1.鎖川(朝日村)
鎖川流域において計画されている砂防ダム利用型の小水力発電について、地元住民からの要望を受け、現地調査を行い住民や関係者との意見交換を重ねてきました。
奈良井川漁業協同組合からは、奈良井ダム(塩尻市)建設以降、水質が徐々に悪化し下流の水環境が大きく変化してきたことが報告されています。そのため漁協としては、流域に残された貴重な渓流環境として鎖川を位置づけ、新たな小水力発電の建設には慎重であるべきとの意見が示されています。
現地調査では、計画地点付近の野俣沢流域で大量の土砂供給が続いている状況が確認されました。砂防ダムには浚渫後も短期間で再び土砂が堆積しており、この流域が土砂流出の多い山地であることが分かります。こうした場所で砂防ダムを利用して取水し、約1.2kmの導水管で発電する計画では、減水区間の拡大や維持流量の妥当性が大きな課題になります。
また、源流部の鉢盛山南斜面には崩壊地が多く、現在も土砂生産が続いている地形が確認されています。流域には過去40〜50年前に整備された多数の砂防ダムがあり、土石流対策が必要な地形条件であることが分かります。こうした条件の下での小水力発電は、設備維持や河川環境への影響の双方を慎重に検討する必要があります。
鎖川は地域にとって身近な自然環境であり、住民の間でもその将来のあり方について議論が続いています。私たちは、源流域の河川環境や災害リスクを十分に考慮した上で、砂防政策とエネルギー政策の整合を図る必要があると考えています。
2.大白川(松本市)
取水ダム・導水管・沈殿槽・発電機建屋などの設備が建設されており、2025年9月の調査時に現場にいた発電事業者に聞いたところ、取水開始は2025年12月頃とのことでした。
現地調査では、取水ダムから発電機建屋までの区間において、イワナの生息が確認されており、産卵可能な大型個体も複数確認されています。調査時には既に産卵期の終盤でしたが、確認された個体数から見て、周辺にはさらに多くの個体が生息している可能性があります。この区間では、流れの強い本流を避け、岸際の比較的流れの弱い場所に産卵床が形成されている状況が確認されました。こうした環境下で取水が開始された場合、河川水位の低下により産卵床が露出し、卵が干上がる可能性が懸念されます。
この発電施設の取水ダムが設置されている場所は、過去に大規模な土石流が発生し土砂が堆積した地形の上に位置しています。上流で小屋沢が合流する地点周辺に土石流堆積地形が確認されており、木の年輪などから判断すると約60年前と約20年前に大きな土石流が発生した痕跡が残っています。また、発電機建屋の設置地点でも同様に過去の土石流による氾濫痕跡が確認されており、河道が大きく広がった地形が見られます。このような場所に発電施設が立地していることについては、土石流による施設被災のリスクや土地利用の妥当性について疑問が残ります。
加えて、この渓流は源頭部に近く、土石流や山腹崩壊が自然に発生する環境にあります。こうした変動に適応して生きてきたイワナにとって、河川の連続性を遮断する施設は致命的な影響を与える可能性があります。特に、土石流によって下流へ流された個体が上流へ戻るためには、河川の連続性が確保されていることが重要です。
このような状況を踏まえると、源流域における小水力発電事業の立地や運用が、魚類の生活史や河川の自然な攪乱環境とどのように両立するのかについて、十分な検証と説明が必要であると考えています。
〈質問〉
上記の問題意識を踏まえ、以下の点についての見解をご教示ください。
1.流域単位での累積影響評価
小水力発電は小規模であっても、流量減水区間や生態系の分断が生じる可能性があります。県として、環境影響評価をどのように行っているのか、具体的な仕組みをご教示ください。また、個別ではなく流域単位での累積影響評価は行っているのでしょうか。
2.環境流量の基準
減水区間における最低維持流量は、科学的根拠に基づき設定されていますか。季節変動、産卵期、渇水などを考慮した基準は明文化されていますか。また、その遵守状況を第三者が検証する仕組みはありますか。
3.砂防・土砂管理政策との整合
県内では砂防ダムや治山ダムの堆砂や閉塞状態が続き、土砂の自然な移動が阻害されている箇所も多く見られます。小水力発電の取水・堰構造が、土砂移動や河床構造に与える影響について、砂防政策との統合的評価は行われていますか。
4.政策のバランス
小水力発電の推進にあたり、脱炭素、地域経済・地域産業振興、河川環境・生物多様性、防災といった政策目的の間で優先順位が衝突する場合、県はどのような判断基準に基づき意思決定を行っていますか。また、その判断プロセスは公開されていますか。
5.情報公開と市民参加
小水力発電の計画段階において、地域住民や専門家が十分に議論に参加できる制度は整っていますか。また、環境モニタリング結果は公開されていますか。
6.立地審査の仕組み
小水力発電の計画において、土石流危険渓流や過去に大規模な土砂移動が確認されている河川など、災害リスクの高い場所への立地について、県としてどのような審査基準を設けていますか。また、土石流危険箇所における発電施設の設置について、砂防・治山政策との整合をどのように確認していますか。
7.生物多様性調査の客観性
小水力発電の計画において実施される生物調査や環境影響評価は、事業者が主体となって行う場合が多いと理解しています。こうした調査について、下記など第三者が検証する仕組みはありますか。
調査方法の妥当性
調査期間(季節変動・産卵期等)
結果の客観性
8.許認可制度のあり方
現在の制度では、関係法令に基づく個別の許可(河川、砂防、林地開発など)が得られれば、流域全体の環境や災害リスクを総合的に評価する仕組みが十分ではないと感じています。県として、流域全体の環境・災害リスク・生物多様性を統合的に評価する仕組みを導入する必要性についてどのように考えていますか。
〈提案〉
上記の問題意識を踏まえ、以下の政策的検討を求めます。
1.渓流源頭部(上流域)への新規小水力発電施設の抑制
源頭部や上流域は、流域全体の水量・水質・生物多様性を支える基盤的エリアです。特に冷水性魚類や固有種の生息域である場合が多く、生態系ネットワークの核となっています。累積影響評価や環境流量の確保が十分に担保されない状況で、これら区域への新規発電施設の設置を進めることは、流域全体の連続性を損なう可能性があります。そのため、源頭部における新規小水力発電施設の設置については慎重な立地基準を設け、原則抑制する方針を明確にすることを提案します。
2.砂防ダム(堰堤)を利用した小水力発電開発の抑制
砂防ダムは本来、土砂災害防止を目的とする治水施設です。近年、河川の連続性回復や土砂移動の正常化が課題となる中で、これら施設を発電利用することが、流域政策全体と整合しているのか再検討が必要と考えます。取水を伴う発電設備の設置は、土砂移動や水生生物の移動回復策との構造的な緊張関係を生む可能性があります。そのため、砂防ダムを活用した新規小水力発電開発については、流域全体の政策整合性が確認されるまで抑制的に扱うことを提案します。
3.既設砂防ダム(堰堤)のスリット化改修の推進
既設砂防ダムについては、スリット化等により土砂の連続的移動を回復させ、魚類の遡上・降下を可能にすることが、流域の持続可能性向上に資すると考えます。正常な土砂移動が確保されれば、河床環境の改善や渓流景観の復元など、生態系機能の回復につながるだけでなく、長期的には土砂調節機能の最適化や維持管理負担の軽減にも寄与する可能性があります。これは、生物多様性条約COP15で掲げられたネイチャーポジティブの理念とも整合する政策方向であり、脱炭素政策と矛盾するものではなく、むしろ統合されるべき視点です。
4.ゾーニングの導入
脱炭素と生物多様性を統合するためには、立地ごとの環境を踏まえたゾーニングが必要と考えます。例えば、下記など流域単位での空間的整理を行うことを提案します。
「保全優先区域」: 新規発電施設を抑制する、源流域、渓流魚類や水生昆虫などの水生生物の生息域、希少植物を含む植生が維持されている区域など、流域生態系の基盤となる渓流
「環境調査を前提に条件付きで導入を検討する区域」: 十分な環境調査を行った上で、生物多様性への影響や流域環境との整合を確認しながら導入の可否を検討する区域
「導入区域」: 環境影響が限定的と評価される区域(例えば、硫黄の影響による強酸性で魚類が生息できない河川や、農業用水路など)
5.流域協議会を活用した合意形成の仕組みづくり
長野県は、河川整備計画の策定等に際して、流域住民や関係者の意見を反映する仕組みとして「流域協議会」を設置する制度が設けられています。こうした流域単位での協議の場は、河川環境、防災、土地利用、地域社会の将来像などを統合的に議論するための重要な枠組みであると考えます。しかし、現在この仕組みは、諏訪建設事務所が設置する上川流域協議会のみにとどまっていると認識しています。小水力発電の立地や河川環境の保全、土砂管理、防災などは、個別の許認可制度だけでは十分に議論できない流域全体の課題ですので、行政、地域住民、専門家、事業者などが参加する流域単位の議論の場が必要であると考えます。そのため、長野県において既に制度として位置付けられている流域協議会の仕組みを活用し、再生可能エネルギー開発と河川環境の保全を含めた流域政策について、公開の場で議論を行うことを提案します。
長野県の河川は、かつて千曲川や犀川をはじめとする内陸部の河川にまでサケやサクラマスなどが遡上し、海と川を行き来する生物によって豊かな生態系が支えられていました。しかし、水力発電ダムの建設などにより河川の連続性が失われた結果、こうした生物の姿は現在ほとんど見られなくなっています。私たちは、こうした過去の経験を踏まえ、脱炭素の推進を理由として、長野県に残された源流域や渓流の貴重な河川環境が再び損なわれることがあってはならないと考えています。過去の教訓を踏まえ、流域環境とエネルギー政策が調和する形での政策判断が行われることを強く期待しています。
私たちは、脱炭素の推進と生物多様性の保全・回復は対立するものではなく、流域という単位の中で統合的に検討されるべき課題であると考えています。本書簡は、小水力発電を一律に否定するものではなく、長野県の河川環境とエネルギー政策がより持続可能な形で両立するための議論の出発点となることを願い、これを提出いたします。
つきましては、本書簡に記載した質問事項について、2026年5月30日までに文書にてご回答いただけますようお願い申し上げます。また、本件は公開書簡として、回答と共に公表する予定です。
賛同団体
鎖川の自然を考える会
たがわ水辺を守る会
長野県自然保護連盟
遠野の川を考える会
松本ホタル学会
市民団体とりどり
自然土木ネットワーク みずもり
岩代國風結び
山守 ヒタチミクマリ
渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える




















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